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校長メッセージ

聖ドミニコ学院小学校
校長

土井 智子

聖ドミニコ学院小学校 校長 土井 智子

死者の月 2018年11月

カトリック教会では,11月を「死者の月」とよび,亡くなった方々のために祈りを捧げる月としています。虫取りや魚釣りが日常的な遊びであり,野良猫が至る所を歩いていた時代は,子供たちにとっても小動物の死は日常的に見られるものでした。実際,飼い犬や飼い猫も長寿ではなく,まして動物病院に連れて行くことがまれだった頃は,かわいがっていた動物の死を泣きながら受け入れる経験もしたことでしょう。翻って現代の日本を見てみると,「死」は日常からかけ離れたところにあるような感さえあります。けれども,生まれてきたすべてのものに,死はおとずれます。「死」というものを,小学生はどうとらえているのでしょうか。

6年生の宗教の時間に,「死者の月(11月)」を迎えるにあたって「死」について考えを伝えあいました。
 
・人間が生まれた時から死に向かっている。もちろん死は怖いが,生まれたからには絶対に避けられない。
・体から,魂が離れてもといた場所に帰るということ。
・生きたことの喜びを感じられるとき。
・今までの人生が終わったということのご褒美。
・その人がこの世界でするべきことが終わったら,「死」を迎える。志半ばで死ぬということがあるかもしれないが,その志は生きている人たちに受け継がれているから,その人は志を次世代につなげたという,するべきことをして役目を果たしたのではないかと思う。

子供たちは,ピュアな感性をもって「死」に真摯にむきあい,話し合いを重ねました。「死ぬ」ということは,すべてが無に帰すということではなく,「思い」が残ること,亡くなった方の魂はいつもそばにいて見守ってくれているということではないか。「死」を考えることは,よりよく生きることにつながるのではないか。「死」を見つめることによって,生きるとは何か,自分はどのような生き方をしなければならないのか, 改めて考えることができるのではないか。6年生からは,次々と死を考える意味について意見が出されました。また,修学旅行の平和学習を通しても,死を考えることは,命を大切にすることにつながると考えを深めました。いただいた命を大切にするということは,自分の命も人の命も同じように大切にすることであり,それが相手を尊重することにつながっていくのだという気付きに発展しました。亡くなった方々に思いをはせながら11月を過ごしていくことは,私達に人として正しい生き方を伝えてくれます。

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