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校長メッセージ

聖ドミニコ学院小学校
校長

土井 智子

聖ドミニコ学院小学校 校長 土井 智子

共にあるということ 2024年3月

2011年311日に、のちに東日本大震災とよばれることになった大地震が発生した時、「1000年に1度の大地震」とよばれたことを記憶しています。当時住んでいた地域の事情から、震災後2週間以上たって電気が復旧し、その時初めてテレビで津波の映像を見ました。住んでいる地域内で起きていた映像に愕然としながら、日常の生活が壊れていく様をどう受け取ればよいのかと途方に暮れていました。2024年 11日能登半島を襲った地震(令和6年能登半島地震)で被害に遭われた珠洲市の方は、発生から2か月たった今も、電気も水も通らない生活が続いているとあり、その苦労がしのばれます。生活基盤を失った方々のこれからを思うと胸が痛みます。今できることは、募金への協力と被災地の方々のことを考え続けること(私たちはそれを「祈り」と捉えています)です。

この能登半島地震で起きた地面の隆起が、「能登半島周辺では、およそ6000年の間で最も大規模だった可能性があることが現地調査で分かった」とニュースで伝えていました。 地質学的には、1000年や6000年という数字はそれほど大きなものではないことを頭では理解していますが、人間の寿命という数感覚で考えると、そんなに頻度の低いことがどうして西暦2000年代の今に頻発しているのだろうと、恨めしく思ってしまいます。

 

私たちの生活の中では日々、いろいろな出来事が起こります。嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、つらいことも、様々な形で起きてきます。往々にして嬉しいことや楽しいことよりも、悲しいことやつらい方に気をとられて、他のことに思いが回らなくなるものです。それは、人間の進化の歴史なので、「脳が最優先するのは生き延びるために発達した」(アンデシュ・ハンセン著「ストレス脳」)以上、当然ともいえることかもしれません。だからこそ、自分と他者とのつながりの大切さの再確認が大切なのでしょう。

2011年の震災時に、近隣に住む方々や知人からの情報や助けにどれだけ救われたかを思い出します。時がたつと記憶が薄れていくものですが、その時に感じた温かい人情は忘れられないものです。阪神淡路大震災から29年たった兵庫県神戸市では、犠牲者に思いをはせる「117のつどい」で約4千本の灯籠を並べて「ともに」という文字を作ったとありました。元日に起こった能登半島地震の被災者にも寄りそうという思いを込めてのことでしょう。

 

どんな時でも、一人ではないということ、そばにいなくても心を寄せてくれている人がいるということ、人を信じる気持ちを持ち続けることが、大切だと改めて思います。1000年に1度、6000年に1度と考えられる災害であっても、災害は突然やってきます。人は一人では生きられないこと、そして他者と共に生きていることを胸に、日々の生活の中で他者のためにどんな働きができているのか、他者への感謝を忘れずに振り返っていきたいと思います。感謝の気持ちを失わないことで、「どうして、災害がくりかえされるのだ。私たちは無力だ。」という絶望から、互いに協力して作る未来への希望にかえていく道を開くことができるのだと思うのです。

6年生は間もなく小学校を巣立ち、新しい環境の中でそれぞれの力を発揮していきます。「共に」という言葉を大切に、助け合い、分かち合うことに喜びをもって歩んでほしいと願っています。

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